第67回 阪神近代文学会2024年度夏季大会 発表要旨

椎名麟三「病院裏の人々」論―「私」の行方
神戸大学大学院博士課程前期課程  祝 影紅

 「深夜の酒宴」(1947)をもって戦後文学の旗手として出発した椎名麟三は、1950年代をピークに、「赤い孤独者」(1950)、「邂逅」(1952)、「自由の彼方で」(1953)、「美しい女」(1955)といった長編代表作を次々と世に送り出している。それらと比べて、1950年3月に雑誌『群像』にて発表された「病院裏の人々」はさほど目立たない短編小説だが、私小説批判に対する椎名の一つの答えの現れとして無視できない。

 本作は戦後の東京を舞台とし、ある病院裏で貧しい生活を営む人々を素描した作品である。そのうちのひとり、大西行男は視点人物であるものの、作中の決定的な出来事と関係がないだけでなく、読者の目を代行する傍観者としての役割も果たしていない。対して物語の推進力となるのは、住民たちの日常を揺るがす家主の森村五郎である。途中から登場してきたこの人物は、作品の結末では身を滅ぼし、平野謙の言う「破滅型私小説」の主人公を思わせる。森村を主人公とするならば、作品に一定の整合性がもたらされると予想される。しかし、あえてそうしないところに、私小説に対する作者の態度が窺える。武田泰淳も、本作に私小説とは異なる「私」を見出している。

 本作の発表以前、中村光夫は「独白の壁―椎名麟三氏について」において、椎名作品を「私小説のリアリズムの直系の変種」として批判していた。「病院裏の人々」の執筆時、椎名は中村のこの批判を多かれ少なかれ意識していたはずである。本作では中村が批判したようなセンチメンタリズムは払拭され、従来の代表作に見られたような「私」の独白は、「人々」の雑多なノイズに取って代わる。その雑音の中には、パンパンやダンスホール、スパイ、火星人、固定相場制といった同時代的なモチーフが導入されている。このようなノイズを通して喚起される社会性が「私」に対峙しているのである。

 一九五〇年前後は、椎名が思想的な停滞に苦しんだ時期であった。その時期に書かれた本作は、停滞からの突破口を模索するための試みだとみなすことができる。本発表では、「病院裏の人々」における私小説との距離の取り方について、作品の構造に注目しつつ、批評家や椎名自身の言説を踏まえながら検討したい。

 
 
知識人とはなにか―堀田善衞「断層」における日中の〈近代〉と政治的判断力
神戸大学大学院博士課程後期課程/日本学術振興会特別研究員DC2  山戸 麻紗子

 堀田善衞「断層」は1952年2月『改造』に発表された。本作は、日本の戦後民主主義に不信を抱く中国の知識人の姿を描き出す。同時代にはこの点が関心を呼び、中国に無関心な日本の知識人への警告として受容された。埴谷雄高が述べているように、本作は、政治の本質を主題とする堀田の主題の方向性を決定づけた、中国からの猜疑の眼を導入したという点で、重要な位置を占めている。

 先行研究は、登場人物のモデルの特定を進め、特に堀田と武田泰淳との関係に焦点を当ててきた。また、本作の政治的性格に影響している堀田の〈他者〉との邂逅(陳童君、2015)や、上海体験との関連(渡邊ルリ、2021)が分析されてきた。

 本発表がとくに注目するのは、本作が同時期の竹内好を中心とする〈近代〉と〈民族〉をめぐる言説から影響を強く受けているという点である。本作には、竹内好「中国の近代と日本の近代—魯迅を手がかりにして」(『東洋的社会倫理の性格』1948)からの引用が配されている。さらに本発表では、戦後における亀井勝一郎ら旧日本浪曼派の言説と主人公の発話の関連性を検証する。「断層」の主人公安野はしばしば、敗戦という出来事や人物に対して主観的で美学的な判断を下そうとする。一方、語り手はそうした安野の姿を反省的に叙述しながら、人物に対する主観的な印象は留保し、公正さ・公平さを担保しようとする。本作の語り手は、戦後の言説を媒介としつつ自己を知識人として位置付け、その性格を定義づけようとしているのである。

 本発表では、「断層」が上記のように戦後の諸言説を参照していることに着目し、本作が提示する国家観が多元主義的なものであること、上海における堀田の政治的体験が戦後の言説空間のなかで再構築されたものであることを明らかにする。