縦断する文化・変貌する阪神 小川洋子「ミーナの行進」考

縦断する文化・変貌する阪神 小川洋子「ミーナの行進」考
   神戸海星女子学院大学 箕野聡子


 「ミーナの行進」(「読売新聞」平成一七年二月一二日〜一二月二四日)は、小川洋子が初めて実在の街を舞台にした小説である。小川は「文化薫る阪神」(「朝日新聞 別刷り特集」平成一八年七月一三日)で、ミーナの家は、神戸に現存するスパニッシュ様式の古い洋館をモデルにして描き、また庭の動物園は、芦屋市の広報誌に載った製薬会社社長の私設動物園の実話を参考に描いたと語っている。平成一八年に谷崎潤一郎賞を受賞したこの作品は、芦屋を中心とする阪神間の文化的特徴を作品内に描きいれたものとして注目されよう。ミーナの家族と同居するドイツからきた祖母が伝えるヨーロッパの習慣をはじめとし、フランスのクレープ菓子をいち早く取り入れた洋菓子店や洋食を自宅まで出張して作ってくれるホテルなど、常に多様な異文化を内に取りいれてきた阪神間モダニズムが作品の随所にうかがえる。また、大阪に工場を持つミーナの父は不在であることが多く、芦屋の家では、女性と子どもを中心とした文化が育まれていた。阪急芦屋川駅より北に位置するミーナの家は、阪急の沿線開発を行った小林一三が計画した、住宅地とその周辺地域の理想文化図に近い位置にあるといえる。

 阪神間文化を考察するとき、その特徴は多くの場合、北側、つまり阪急電車より山側の地域を扱って語られる。しかし、阪急・JR・阪神といった三線と国道二本とを大阪から神戸に東西に走らせている阪神間は、横断面を多く持つ多文化共存地域である。異文化を積極的に取り入れて造られた計画地域も、その隣接文化を取り入れることには積極的ではなかったため、南北は混じり合うことなくそれぞれの特徴を持ち続け、谷崎や田辺聖子らが描く阪神間を舞台にした作品に登場してきた。

 しかし、「ミーナの行進」は、その断面の最上部に落ち着いたままの作品ではない。岡山からやってきた従姉朋子が同居する一年で、文化は縦断し混じり合い崩壊し再構築される。本発表では、「ミーナの行進」の中で固定文化が崩壊していく様相に注目し、今後の阪神間文学を考える上での新たな視点を定義したい。