三島由紀夫『煙草』研究 異稿との違いにおける一考察

三島由紀夫『煙草』研究 異稿との違いにおける一考察
   大阪府立長野北高等学校 井迫洋一郎


 三島由紀夫『煙草』は昭和二十一年「人間」六月号に発表され、三島曰く《第三の処女作》と自ら位置付ける位となった、三島の作品を論じる上で重要な作品の一つである。その作品の中身は処女作《花ざかりの森》より紡がれる幻想的な表現の一方で、三島自身の体験ともとれる私小説の様な手法も垣間見ることができる。それ故に作品研究が進む中で作家志望の青年《平岡公威》から《三島由紀夫》へ成長するための要素が挙げられるようになった。特に耽美的な側面や、変身願望が後の「仮面の告白」へと繋がってゆくという見方もある。まずは作品の研究について整理し、問題点を纏めなおしてみたい。

 又、『決定版三島由紀夫全集』の刊行によって、『煙草』の異稿が発見、収録された。一部欠損しているものの、その内容は世に出ているものとは大きく異なっている。《決して女を愛さない子供であつた私は、決して女に愛されないという妄想の前にをののきはじめた》という一文があり、この部分からも三島が後に描く女性に対してへの考え方や思いが強く表れているのではないかと考える。又、《煙草》という存在は《敗北の気持》から逃げ出すために、家族や、友人たちからでさえ隠れて喫みはじめたと書かれた最後に三島の少年期の苦悩が吐露されているのではないかと考える。そしてこの異稿を採用しなかった理由も奥底にある、三島自身のコンプレックスがそうさせたのではないだろうか、ともとれる。

 以上の点を踏まえ、もう一度『煙草』という作品を論じていきたい。特に、異稿と採用された原稿の主題の違いを考え、なぜ異稿を採用しなかったのか、という点について掘り下げて考察していきたい。